8月20日
「多くの人は、男女交際といえば、ただ相手に対する枝葉の事ばかりを気にして、己を修むるという根本の事を少しも思いませぬ。これが大なる間違いで、末のために本(もと)を怠るので、これがため一時は好い事がありましても、永く続くことは覚束ないことと思います。」(新渡戸稲造、『婦人に勧めて』)
・枝葉末節より根本が大事というのが、新渡戸の考えである。枝葉は見えるが、根は見えない。しかし、見えないものに本質が隠れている、というのが、新渡戸や李登輝元台湾総統が愛読したカーレイルの『衣装哲学』の内容らしい。
・「ありのままの自分を好きになってほしい」というのも、そういうことかもしれない。お化粧して着飾って見かけを繕っても、長続きは難しいだろう。一緒に住めば、それこそ裸の付き合いになる。また、人生を共にする間には、羽振りの良い時期もあれば、苦しいこともある。どんな時でも助け合い、喜び合える相手が、本当のお相手なのだろう。だから結婚の誓いでは、「病気の時も苦しい時も……一生、相手を愛せますか。」となるのだろう。
‘Keep
your eyes wide open before marriage, and half shut afterwards.’(結婚前は両目をしっかり開けて相手を見るが、結婚後は片目をつぶって)という17世紀の英国の神学者トーマス・フラーの言葉を思い出す。
根本が大切なのは論を待たぬが、我々の感覚器は枝葉しか見えない。
返信削除相手の本意を知ろうとして、注視すれば、往々にして1本の木の枝葉だけを見ていることもあり、まさに木を見て森を見ずになりかねない。
先入観をなくし、岡目八目、時に鳥瞰、時に蟻瞰を駆使し、広く情報を集め、また時系列、項目別に分析し、その上で根本を洞察することが必要なのだろう。
直観で即断しなくてはならない時が人生にあるのも現実ではあるが。