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2020年9月24日木曜日

新渡戸稲造の至言から(9月24日)

 

9月24日

「偉人と称するのは、人心もしくは世相に変化をきたす力の持ち主のことである。しかしてその変化は、疾風迅雷的のものもあれば、また、石を穿(うが)つ水のしずくのごときものもある。」(新渡戸稲造『偉人群像』)

 

・早い変化をもたらす偉人もいれば、ゆっくりした変化をもたらす偉人もいる。あなたは、どんな偉人になりたいですか。

 

・新渡戸は、偉人を3つのタイプに分けた。1つ目は、気体型。名声は広がっていても大したことない人。2つ目は液体型。流行のように短期的に大人気となる人。3つ目は固体型。地味だが含蓄のある本物の偉人。新渡戸は、国際連盟事務次長として、小国の代表でも、国益のために一生懸命働く姿に、それを見た(藤井茂・長本裕子『すべての日本人へ 新渡戸稲造の至言』283頁参照)。

 

・It is great to be great, but it is greater to be humane.

 

・偉人と一言で言っても、多種多様。自分の好きな偉人を倣って努力してみよう。

 

・新渡戸稲造は人のことをよく褒める。そんな彼自身が、実は偉人。

2020年9月23日水曜日

新渡戸稲造の至言から(9月23日)

9月23日  
「詩とは、“自然”より与えられた精神的衝動の、あるいは“自然”の中に見出された精神的意義の、表現以外の何ものであろうか。」(新渡戸稲造『日本人の特質と外来の影響』) 
 
・自然の中に身を置くと、不思議と歌が生まれ詩が出来る。 
 
・日本の俳句には季語がある。和歌は、四季を詠む。日本は四季に恵まれた美しい国の1つである。 

 ・何故、自然を詠った詩が多いのだろうか。それは、自然は変化し、見ていて面白いからである。それは、まるで日々変化する人間の心情そのもののように映る。

 ・富士山も、路傍の草も、どれもが芸術の対象となる。詩になったり、絵画になったり、音楽になったり…。自然と人の内面を結ぶところに、芸術の表現がある。

 ・一つの自然の対象物、例えばお天気一つとっても、個人個人、または、その時その時の気持ちによって、捉え方、感じ方が異なってくる。 

 ・自然は豊か、そう思える私達の心も。

2020年9月19日土曜日

新渡戸稲造の至言から(9月19日)

 

9月19日

「人の性質を批評し判断するには、その人の油断している時、世人と没交渉である時、あるいは測らざる出来事が起こった時をもって最も適当とする。…これによって、その人の値打ちは分かる。」(新渡戸稲造『東西相触れて』)

 

・人は見かけだけでは分からない。裸の付き合いをしてみる。難題を与えてみる。そして、危機が起きた時、その人の本性が表れることが多い。

 

・A friend in need is a friend indeed. (困った時の友こそ真の友)

 

・自分が景気の良い時に寄ってくる人より、自分が大変な時に真に思ってくれる人を大切にせよ。

 

2020年9月18日金曜日

新渡戸稲造の至言から(9月18日)

 

9月18日

「我々人類の眼が前に付いている限り、希望、信仰、創造の霊覚、妙智をもって将来を瞥見(べっけん)すれば、古人も『和をもって貴しとす』と述べた理想が必ず実現されるであろう。」(新渡戸稲造、『東西相触れて』)

 

・新渡戸の理想主義、楽観主義は、物事を前に進めた。その具体例が知的協力委員会の成功や国境紛争の平和的解決である。

 

・「できない」、「無理」、「やらない」では何事も解決しない。まずやってみる。試行錯誤する。やるだけやって待ってみる。何かが動く。

 

・神様は人の顔の前面に目を2つ付けた。よく見て前に進むように。耳を両脇に2つ付けた。四方八方の音をよく聞くように。顔の下の方に口を1つ付けた。見聞したことを咀嚼して言葉を発するように。でも言いすぎないように。

 

・「和」は、平和の和。「大和の国」とは、平和で満たされた国。理想郷。

 

・「大和心」とは、平和で満たされた心。

2020年9月2日水曜日

新渡戸稲造の至言から(9月2日)

 

9月2日

「私はあるアメリカ人に向かてて、なぜお前の国はこの連盟に入らないかと言ったところ、…曰く戦争なんかというものは…止まることのないものだ、かつ進歩はみな戦争によるものだ…こういうことを言った。」(新渡戸稲造「国際連盟の組織と活動」)

 

・戦争はなくならないと言うのは、弱肉強食の社会で、その通りかもしれない。でも、戦争というものがなくならなくても、戦争の少なくすること、食い止めることは可能である。新渡戸は、国連事務次長として、国境紛争の解決を行ったり、アインシュタイン、キュリー夫人、ベルグソン等の有識者を集め知恵を拝借したりして、平和維持に貢献した。

 

・戦争によって進歩がもたらされるからと言って、戦争は肯定されて良いものではない。戦争によって破壊が進み、進歩が遅れることもある。むしろ、その方が多いのではないか。戦争は、単に進歩の実験場にすぎない。

 

・戦争がなくならないからと言って何もしなくて良いわけではない。自然災害でも同様である。自然災害がなくなることはないが、被害を最小限度にするために、気象情報などの技術が発達したり、避難訓練をしたりする。戦争は人間が起こすもの。人の意思があれば回避は可能であるし、停戦も可能である。

 

・平和という理想を掲げることで、人々は、どうやったらそれに到達できるかを考え努力する。最初から、戦争を掲げてしまえば、人々は、戦争の仕方ばかり考えてしまう。

 

・‘World peace begins with inner peace. ’(14th Dalai Lama)

・‘When you make peace with yourself, you make peace with the world.’ (Maha Ghosananda)

・‘I do not want the peace that passeth understanding. I want the understanding that bringeth the peace.’ (Helen Keller)

 

・‘When the power of love overcomes the love of power, the world will know peace.’

 (Jimi Hendrix)





 

2020年9月1日火曜日

新渡戸稲造の至言から(9月1日)

 

9月1日

「我々に狙うべきものは、実世界以上の高い所にあるものを選んで、なすべきものと思う。昔より俗諺(ぞくげん)にいうごとく、天に登らんとしてようよう屋根に登るごときものである。」(新渡戸稲造『人生読本』)

 

・目標は高く持て、そしてそれに向かって努力せよ。

 

・夢がなければ、何事も始まらない。

 

・高きを求めて努力すれば、たとえ目標に到達せずとも、相当の所までは到達する。

 

・国際連盟事務次長として、平和の実現を目指した新渡戸。難しい目標でも、初めから諦めてしまっては、何にもならない。出来ないと決めつけないで、まず行動してみよう。

 

・核廃絶、無理かもしれないけれど掲げてみる。そうすると、軍縮の機運は高まるし、核戦争は起きにくい。

 

・皆、金メダルを目指す。そして、たまたま銀か銅か、取れないこともある。でも、まずは掲げてみる。

 

・目標に向かってする努力。報われないことはあっても、無駄にはならない。

 

・夢は大きく、根は深く。

 

・理想は高く、行動は現実的に。

 

・Think globally, Act locally.

 

・どんな大きな夢や理想を掲げようと、そうする自由は誰も邪魔できない。

 

・目標、高すぎたかなと思っても、努力してやってみよう。意外と目標に到達して、新しい自分を見つけられるかも。(だから、偏差値なんか気にするな。)

 

・目標が高すぎて、失敗したり挫折しそうになったりしたら、やり直せば良い。目標を設定し直しても良い。低い目標から、だんだん上げて行っても良い。

 

・ナポレオンが、「私の辞書には不可能という言葉はない。」と言ったという話は有名だが、今でも、フランス語では、「できない」(il est impossible)とは言わず、「難しい」(il est difficile)と言う。

2020年8月31日月曜日

新渡戸稲造の至言から(8月31日)

 

8月31日

「犯罪者を改善しようとする者は、自分の被保護者に、その犯罪名を言ってはいけない。彼らに暗い過去を想いおこさせれば、過去の暗黒へ飛び込ませることになる。悪人には、悔い改めれば楽園に入るであろうと言え。そうすれば、彼は評判以上の者になるだけでなく、過去の自己自身を超えた者となるであろう。」(新渡戸稲造『編集余禄』)

 

・人を叱るより褒めて育てる方が効果が上がるそうだ。実際、褒めることばかりしたサッカー・チームと、注意点ばかり指摘したサッカー・チーム、前者の方が良い成績を修めたという実験結果もあるそうだ。

 

・新渡戸は、人を信じ、明るい未来を描くことを忘れない教育者だった。

 

・絶望的な時ほど、人は、希望の光を必要とする。

 

・人は全能ではないけれど、無限の可能性がある。

 

・ゼロ(零、0)は、無限(∞)につながる。

 

・他人は変えられないけれど、自分は自分で変えられる。

 

・楽しい未来を描けば、苦しい時も頑張れる。山登りみたいなもの:頂上で美しい景色が待っている、美味しいお弁当が食べられる等思えば、険しい道も進める。

・「彼(犯罪人)は評判以上の者になるだけでなく、過去の自己自身を超えた者となるであろう。」という新渡戸の言葉には一理ある。捨てるものもないので、名誉や地位等、まわりの目や世間体を気にせず、信念に基づいて行動できるのが、こういう人たちかもしれない。

 

・「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難(かんなん)を共にして国家の大業は成し得られぬなり。」という西郷南洲の至言を思い出す。

 




2020年8月30日日曜日

新渡戸稲造の至言から(8月30日)

 

8月30日

「俺には本線はないのだから、脱線なんかありっこない。」(『新渡戸博士追憶集』)

 

・新渡戸は、東京帝国大学で経済学と植民政策の授業を教えている時、よく教科書から脱線して、より実践で役立つ話をしたらしい(藤井茂・長本裕子『すべての日本人へ 新渡戸稲造の至言』257頁参照)。おそらく、上記の言葉は、それへの批判に対して、ユーモアを交えた回答なのだろう。

 

・ユーモアのセンスは大事である。一言で、抗議や批判に笑いで返す。怒りたくても、思わず笑ってしまう。真面目に怒れなくなってしまう。例えば、日本には一休禅師の頓智がある。「一休さん」と呼ばれ、絵本にもなり子供たちにも親しまれてきた。マニュアルや堅苦しい規則ばかりでなく、楽しい、面白い知恵の大事にする豊かな社会であり続けたい。

 

・思い出すのは、椎名悦三郎外務大臣の国会答弁。日米安保条約に関して、アメリカを番犬呼ばわりした椎名大臣に対して、野党が追及すると、椎名大臣は、「失礼致しました。番犬様でございました。」と答えたという。当時の新聞記者たちも面白がったエピソード。

・同じ椎名悦三郎外務大臣は、1965年の日韓基本条約の締結にも尽力された。その時も、社会党の議員から、過去の日韓関係に関し、「深く反省している。」とはどういう意味かと問われ、「しみじみと反省しているということであります。」と答えたそうだ。A quick witのきいた答弁である。

 

・南米コロンビアの外交官。国際セミナーによく遅れてきた。ある時、友人が、「よく遅れますね。」と言うと、「いや、私は一度も遅れたことはない。私は、いつも自分の時間に忠実です。」と答えた。

 

・Be wise, rather than be intelligent, or be clever.




2020年8月29日土曜日

新渡戸稲造の至言から(8月29日)

 

8月29日

「飯炊き婆さんに“どうだ分かるか”と尋ねる。“分かる”というと、すぐ次を書くといったようにして書いた。(新渡戸稲造『読書と人生』)

 

・新渡戸は、誰にもわかりやすく書いたり語ったりしたようだ。同時に、お手伝いさん等、職業や地位に関係なく、様々な人から意見を聞いた。偉そうにしない、知ったかぶらないのが新渡戸流だった。

 

・実は、頭の良い人ほど、誰にでも分かりやすく簡単に、難しい事も説明できる。一般人に分かりにくいように専門語を並べたてて、偉そうに話し、分からない人達を馬鹿にするような人は、本当はその事を心底奥深くまで理解していないのかもしれない。

 

・17世紀のフランスの哲学者パスカルは、ある侯爵夫人(La Marquise)に宛てて長い手紙を書いた。その最後に、彼は、「すみません。時間がなくて手紙が長くなってしまいました。」と付け加えた。逆説的ではあるが、パスカル言わんとしたことは、時間があれば頭を使ってより簡潔に書けたということだ。だらだら難解に書くよりも、分かり易く短く書く方がより高度で難しい作業だということだ。

2020年8月28日金曜日

新渡戸稲造の至言から(8月28日)

 

9月28日

「Sociality(社交性)の本意は人間が一(ひとつ)の動物としてではなく社交的動物として、他の人の邪魔にならぬようにふるまうことである。真の社会では他人のFreedom(自由)を害さぬようにして自分の思う存分にやるのである。」(新渡戸稲造『衣服哲学講義』)

 

・新渡戸の言う「社交性」は、「社会性」と解釈しても良いのだろう。社会は持ちつ持たれつの人間関係で出来ている。人を邪魔せず、自分も邪魔されないのが自由。

 

・「危険、迷惑、嘘、いじめ」、先生が小学生に教えた、やってはいけないこと。

 

・カーレイルの『衣装哲学』は、新渡戸の『武士道』にも出てきた。李登輝元台湾総統が大事にされていた2冊の本が、新渡戸の『武士道』とカーレイルの『衣装哲学』だった。

 

・「大勢の人間が一緒に住んでいればそこにソシャリティーがあり、他人を不愉快にしないようにして自分が世の中を愉快に暮らすにはどうするか。その遣り方が礼だと思う。」と新渡戸は言ったそうだ(藤井茂・長本裕子『すべての日本人へ 新渡戸稲造の至言』255頁参照)。礼は、新渡戸が「武士道」の内容の一つとして挙げている日本の徳である。それは単なる丁寧さや礼儀のみならず、人への思いやり、謙虚さ等も含んだ徳である。

 

・「社交性」というと煌びやかな華やかなイメージがあるが、「他の人の邪魔にならぬ」とか「他人の自由を害さぬ」というのは、地味な心掛け、行動である。が、その上で、「自分の思う存分にやる」という点に、積極性がある。行動を重視する新渡戸の考え。



2020年8月27日木曜日

新渡戸稲造の至言から(8月27日)

 

8月27日

「世間には、表面だけは泥水の中に入らないで清いように見えていて、内実は随分乱暴な生活をして、浮名を流す婦人が少なくない。そういう人は賤業婦としての鑑札を取っていないばかりで、大きな顔をして世の中にはびこっている。」(新渡戸稲造、『一人の女』)

 

・新渡戸の言葉は深い。上記をそのまま読めば、表面だけ清らかそうに見えても駄目で、生活態度や内面からきれいであるべき、ということになる。が、上記の言葉の背景には、現在清らかに生活している人に対して、過去の履歴等を出してきて非難している人たちのことを、新渡戸は逆に卑しいと思って述べたようだ(藤井茂・長本裕子『すべての日本人へ 新渡戸稲造の至言』254頁参照)。

 

・新渡戸の時代と同じような事が現在でもある。過去を穿り出して、人の人格全てを否定するような情報を流したり、人の不幸や恥部を公にさらすことをしたりする人がいる。同情や共感による励まし合いなら良いが、それが人を助けることにならないこと、まして嘲笑や噂話なら止めた方が良い。

 

・少年院に定期的に講演に行っている友人がいる。その友人によると、少年たちのほとんどは悪い子たちではなく、逆に、一般の人たちより優しい子も多いと言う。だから、その子たちが更生したら、日本社会は快くもっと積極的に受け入れるべきだと言っていた。新渡戸の言葉と通じる。

 

・Keep improving yourself, not comparing to others, but comparing to yourself of yesterday.

(自分自身を向上させよう、他人との比較でなく、昨日の自分と比べて)





2020年8月26日水曜日



 8月26日

「男子が自分の細君をめとる場合には、細君とすべき人を選ぶことを第一義として、それ以外のことは付けたりであると思わねばならぬ。」(新渡戸稲造『一人の女』)

 

・夫君を選ぶ時、かつては「3高」(高学歴、高収入、背が高い)が人気があると言われた。しかし、新渡戸は、「家柄、教育、持参金」で選ぶことをよしとせず、あくまで人格が大切であることを説いた(藤井茂・長本裕子『すべての日本人へ 新渡戸稲造の至言』253頁参照)。

 

・「美人でたちが悪いのと、不細工でも人柄がいいのと、どちらを選ぶ?」と男性に聞くと、結構、迷うらしい。よく考えた男性は後者と答える。なぜなら、性格が悪いのはなかなか直らないが、ブスでも笑顔は可愛いしお化粧で何とでもなる。

 

・人柄を判断するのは難しい。結局は、その人となら人生の荒波を一緒に乗り越えられそうとか、その人のためなら命を懸けられるとか、その人と人生の最期を送れたらとか、色々な考え方があるだろう。価値観、倫理観が共通することは必要かもしれない。

 

・人生に前向きな人、働き者の人、人から施されるより人に施すことが好きな人等、人を見る目は色々ある。

・「お金は稼ぐより、お金をどう使うかの方が難しい。」と言っていた今は亡きかつての上司を思い出す。億万長者は世界に沢山いるが、本当に尊敬される人とはどういう人か。

 

・Money can buy a big house, but not a warm family.


2020年8月25日火曜日

新渡戸稲造の至言から(8月25日)

 

8月25日

「たとい一度でも操を破られたことのある身で、そのまま他へお嫁に行くのは、先方をあざむくように思われるでしょうが、…このことは是非明かさなければならないものでしょうか。」(新渡戸稲造『一人の女』)

 

・新渡戸は、誠実であること、正直であることを大切にしたが、プライバシーも尊重した。特に、女性のプライバシーには気を遣っていたようだ。男女平等ではなかった当時の社会で、女性の立場を理解しつつ、女性の社会的地位の向上に尽力した男性はそう多くないだろう。だから、多くの女性から相談の手紙が新渡戸宛にたくさん届いたのだろう。

 

・藤井茂・長本裕子『すべての日本人へ 新渡戸稲造の至言』252頁に書かれている13歳の少女に降りかかった事件は、ショッキングである。今日でも起こり得る事件である。未成年の戯れからも、こんな事が起こってしまう。だから正しい心の教育が必要なのだろう。新渡戸の存在は、おそらく多くの女性たちの命を救い、精神的苦痛を和らげたことだろう。現在、新渡戸のような人がいたら、若者たちの自殺は減少するだろう。


・少年少女時代に性的虐待を受けると、一生のトラウマになってしまうことが多い。だから、絶対、児童虐待、児童ポルノ等は許されない。

・どうしても思い出さずにはいられない友人がいる。彼女は高校生の時、身ごもり堕胎するという経験があり、それが一生トラウマになっていたようだ。良き就職、良き夫にも恵まれたが、どうしても再び身ごもることが出来ず、それを苦に、ご主人に申し訳なく思ったのか、自ら命を絶ってしまった。きれいで笑顔の可愛い人だった。(合掌)

・Your life is your own, but it is not only yours.

 (あなたの命(人生)は自分自身のもの、だけど、あなただけのものではない。)


 

2020年8月24日月曜日

新渡戸稲造の至言から(8月24日)

 

8月24日

・「私の友人で、女性に深い同情を寄せている人がいる。その友人のところへは、さまざまの婦人がいろいろの相談を持ち込んでくる。」(新渡戸稲造『一人の女』)

 

・藤井茂・長本裕子『すべての日本人へ 新渡戸稲造の至言』によると、この「友人」こそ新渡戸自身であったそうだ。新渡戸は、多くの女性達の悩みを聞き、助言をしてきた。人生の導きを行ってきたそうだ。自慢することなく、「私の友人」というところが、謙虚な(そして、はにかみ屋でユーモアたっぷりの?)新渡戸らしいところだろうか。

 

・今でいうならコンサルタントのようなことを、この「友人」はしていたのであろう。が、おそらく現代のコンサルタントのように費用請求をするわけでもなく、無償で真摯(紳士)に、婦人たちの心に寄り添い、コンサルしていたのだろう。

 

・その時代、女性の社会的地位は男性とは同等ではなく、就職先もなかっただろう。そんな女性達に、まず教育の機会を与えようと尽力したのが新渡戸である。

 

・女性の口コミは、どんな時代も馬鹿には出来ない。良い相談相手がいるということで、その友人には、次から次へと女性が寄ってきたのだろう。


・「女は弱し、されで母は強し」 Though the woman is weak, the mother is strong.

この言葉、実は、Victor HugoのLes Miserablesに出てくる言葉らしい。



2020年8月23日日曜日

新渡戸稲造の至言から(8月23日)

 8月23日

「人は常に好意をもっていると信じて、露ほども疑うようなことなく、誠をもって人に接したならば、人もまた誠を現わすものであります。もし中傷的のことを耳にしても、いよいよそれの判然(と)するまでは、いつまでも善意に解することが必要であります。」(新渡戸稲造『婦人に勧めて』)

・相手を思って行動しても、なかなか理解されず、感謝されないどころか罵倒されてしまうこともある。それでも、誠実に善行を積んでいけば、相手から直接でなくても、まわりまわって自分に善いことがかえってくる。これがご縁(円、〇)というものか。

・人の噂に惑わされず、相手を信じて誠実に付き合う。そうすれば、相手の本音もわかってくる。

・李登輝元台湾総統は、生涯、特に2冊の本を大事にされた。1冊が新渡戸稲造の『武士道』、もう1冊がカーレイルの『衣装哲学』。その李登輝総統の座右の銘は「誠実自然」。

・英語で、善行は、a good conduct、善行を積むは、do a good deed、

一日一善は、one good deed a day、慈善行為は、an act of mercy (charity)



2020年8月22日土曜日

新渡戸稲造の至言から(8月22日)

 

8月22日

「人間の平和と幸福にとって、権力愛以上に害になるものが何かあろうか…権威を振りまわしたいという欲望は、動物と同様、人間の中にも宿っている。」(新渡戸稲造『編集余禄』)

 

・権力を利用して、人々のために何をするかが重要だが、その権力が手段ではなく目的になってしまっている人が多い。有名人になること、政治家になること、金持ちになること、それが目標で、そうなったら何をしたいのか、具体的に言えない人が意外と多い。

 

・新渡戸は、権力欲は、動物的(野蛮)で、人々の幸福や平和にとって有害であると述べている。弱肉強食の世界はまさにそうである。そこには、強い者のみが勝者となって生き残る戦いの社会があり、「幸福感」という概念はない。

 

・‘It’s great to be great, but it’s greater to be humane.’

(「偉くなるのも良いが、人道的であることはもっと大事な事である。。」)


2020年8月21日金曜日

新渡戸稲造の至言から(8月21日)

 

8月21日

「およそ国家の基礎は家庭にあるから、報国の道はすなわち家庭の円満、夫婦の相和、親子兄弟の相親に発するということを忘れないようにしてもらいたい。…夫婦は常に真意を打ち明けて、初めて向上と幸福とが得られます。」(新渡戸稲造『婦人に勧めて』)

 

・人間は一人では生きられず共同体を構成する。その社会の最小単位が家族(家庭)である。家族があり、地域社会があり、学校や会社があり、国があり、地域があり、世界がある。だから、人は生まれた時(赤ちゃんの時)から、人との関わり方を学んで行くのである。

・親子関係は切っても切れない縁である。子供は親を選べない。

・夫婦は、全くの他人が家庭を築いていくわけであるから、;簡単なわけではない。新渡戸は、夫婦が相和するためには、「常に真意を打ち明け」ることが大切だと説いている。すなわち、隠し事をしない、嘘をつかない、ということだろう。これは、家庭円満の基本である。それによって、お互いの信頼関係が築けるのだろう。さもないと、不信が募り、夫婦関係は上手く行かなくなることがある。




2020年8月20日木曜日

新渡戸稲造の至言から(8月20日)

 

8月20日

「多くの人は、男女交際といえば、ただ相手に対する枝葉の事ばかりを気にして、己を修むるという根本の事を少しも思いませぬ。これが大なる間違いで、末のために本(もと)を怠るので、これがため一時は好い事がありましても、永く続くことは覚束ないことと思います。」(新渡戸稲造、『婦人に勧めて』)

 

・枝葉末節より根本が大事というのが、新渡戸の考えである。枝葉は見えるが、根は見えない。しかし、見えないものに本質が隠れている、というのが、新渡戸や李登輝元台湾総統が愛読したカーレイルの『衣装哲学』の内容らしい。

 

・「ありのままの自分を好きになってほしい」というのも、そういうことかもしれない。お化粧して着飾って見かけを繕っても、長続きは難しいだろう。一緒に住めば、それこそ裸の付き合いになる。また、人生を共にする間には、羽振りの良い時期もあれば、苦しいこともある。どんな時でも助け合い、喜び合える相手が、本当のお相手なのだろう。だから結婚の誓いでは、「病気の時も苦しい時も……一生、相手を愛せますか。」となるのだろう。

‘Keep your eyes wide open before marriage, and half shut afterwards.’(結婚前は両目をしっかり開けて相手を見るが、結婚後は片目をつぶって)という17世紀の英国の神学者トーマス・フラーの言葉を思い出す。


2020年8月19日水曜日

新渡戸稲造の至言から(8月19日)

 

8月19日

「彼のために尽くすのは自分の責任だと思い、成すべき事を成したものと思えばよいのであります。された方ではその志を多として、感謝すべきものであります。…自分のした事を恩にきせるというは宜しからぬことです。」(新渡戸稲造『婦人に勧めて』)

 

・自分は感謝をするが、人からの感謝は求めない、自分は人の為に尽くすが、人からの恩は求めない、それが新渡戸流の生き方のようです。「恩着せがましくしない」、「恩に報いる」ことを人から期待しない、見返りを求めない真の愛情、ということでしょうか。

・「恩を仇で返す」ことはもっての他。それなら、恩は受けっぱなしのほうが良い。

・人を助けたり、人に良くしたりすることは当たり前の事。だから見返りはいらない。感謝の言葉を頂けたら嬉しいが、なくても構わない。

・お医者様や看護師さんに親切にされ感激した。仕事だから当たり前と言われたが、仕事でも笑顔でやる人とそうでない人がいる。

・「情けは人のためならず」、まわりまわって自分に返ってくるものかも。だから、やるべきことを毎日、淡々とやっていれば、それで充分、神様は見ている、というのが新渡戸の考えであろう。


2020年8月18日火曜日

新渡戸稲造の至言から(8月18日)

 

8月18日

「婦人が生まれる、妙齢になる、人の家に嫁ぐ、子を持ち、遂に老婆となる、これ経糸(たていと)のようなものであります。しかし経糸ばかりでは織物はできません。…日々の心得という緯糸(よこいと)をおさに入れなくては完うしません。…日々の心得という糸は、…謝意の念であります。」(新渡戸稲造『婦人に勧めて』)

 

・デカルトが「われ思う、ゆえに我あり。」(je pense donc jesuis.)なら、新渡戸は、「我あり、ゆえに我感謝する」(je sui, donc je remercie.)なのだろう。

 

・織物の経糸と緯糸の話では、新渡戸はこんな事も言っている。「婦人が偉くなると国が衰えるなどというのは意気地のない男の言うことで、男女を織物に例えれば男子は経糸、女子は緯糸である。経糸が弱くても緯糸が弱くても織物は完全とは言われませぬ。」(1918年東京女子大学開校式式辞)

・今上陛下も、織物と糸を比喩にご感想を述べられたことがある。2018年、皇太子として最後の海外訪問先フランスからご帰国された後、日仏交流に関して、「多彩な色の糸が織りなす美しい織物に発展しつつあることを、とてもうれしく思います。」とおっしゃった。

・「絹であろうと綿であろうと、また合成繊維であろうと、様々な個性豊かな糸を紡いで一つの作品ができるように、人の社会や人生も、そんなふうにたとえられるのでしょう。……日本語には「歴史を織りなす」という言葉がありますが、オリンピックの第一言語であるフランス語にも、「友情関係を織りなす(tisser les liens d’amitie)」という表現があります。」(鈴木くにこ『日本綿業倶楽部月報』2019年9月)

岡倉天心『The Book of Tea』を読む会(第4回と補講のお知らせ)

 NipponIA(ニッポン・インターナショナル・アカデミー)では、 新渡戸稲造の『武士道』を原文英語で読む会に続き、 岡倉天心の『茶の本』を原文英語で読む会を開催しています。 ・1月の講座は延期になり、2月に第4回を以下の要領で行います。 ・また、第1回の補講を、ご希望のより開...